母の死を乗り越えて

山田三郎兄弟のあかし

私は、これまでに証しされた兄弟姉妹同様、キリスト教と全く無縁な環境で育ちました。
そんな私が何故クリスチャンになったのか?
私が14歳、中学三年生の春に、この世で最も愛する人、母を突然に失いました。
それまではキリスト教と関わることもなく、全く関心もありませんでした。
ただ、私は子供の頃、漫画少年だったのでTVではなく、漫画、❝ぼくらマガジン❞で辻直樹が描いたタイガーマスクで、ゴルゴダマスクと言うのが登場し、みなしごハウスのちびっ子たちが「ゴルゴダ」の意味を園長の妹に尋ね、そこでイエスのことを説明するシーンがあったんですね。
何せ子供の頃ですから、❝子なる神❞と言う意味も分かる訳もなく、みんなに罵られ、磔にされるなんて可哀想な人やなと思ったことは、薄っすらと記憶にあります。
イエスに関する予備知識はこの程度であったことは置いといて
母が突然倒れ、バイト先の人が家に担いできました。丁度、私の下校時だったと思います。
それから蒲生の東大阪病院に入院しましたが、母が意識をなくし、三日目か四日目の4月29日、旧天皇誕生日に息を引き取りました。
脳溢血でした。
私は母が亡くなる直前に夢を見ました。
虫の知らせと言うのでしょうか、当時、平屋の木造市営住宅に住んでいて庭にいちじくの木が植えられていたのですが、その木に母と仲の良かった人と母が一緒にいて、私は家の隣の公園で友人と遊んでいた所、母が私を手招きしているのでなんだろうと思って家に戻ろうとした瞬間に目が覚めました。
それから直ぐ、病院から電話で母が亡くなったと言う知らせが届きました。
それからしばらくして、まるで天が悲しむように雨が降ってきました。
それまでは涙は出しませんでしたが、母の遺体がある病室の通路で溜まらなくなり私は恥も外聞もなく号泣しました。
私がこの世で最も愛した人、そして私をこの世で最も愛してくれた人が突然いなくなった。
この心の喪失感は、そんじょそこらで癒せるものではありませんでした。
たまたま家に家の誰かが貰ってきた「人は猿から進化したのか、創造されたのか」と言うパンフレットがあり、それが神を意識する最初の切っ掛けになりました。
進化論にしても、小学校で詳しく習った訳でもなく、昔、子供の科学雑誌で、図で説明していたのが薄っすらと記憶にあるだけで、それに対しショックを受け関心を持った訳でもありません。
しかし、愛する人が、突然この世からいなくなったことが現実とは言え、「人は死ねばおしまい、はいそれまでよ」と、当時未だ14歳の私にとっては到底受け入れることは出来ません。
不正がはびこり、正しい人が虐げられる。
神などいるはずもなく、人は神から出たのではなく、偶然に進化し、最終的は猿から進化した。
いや、そんなことはない。
神よ、あんたはおるんやろ?  あんたは絶対におらんとあかん存在なんや!!
しかし、それは俺の心の脆さからくる希望的観測ではなく、正々堂々と俺に納得させてくれ!!
と、今から考えれば、大変傲慢な気持ちから神の存在を意識するようになりました。
また、胡散臭い宗教関連の本は意識的に読まず、正当な科学書、哲学書や内村鑑三の著作物を読むようになりました。
ただ、世界的権威の科学雑誌サイエンスやネイチャーに、「新たな進化の証明としての〇〇や××が発見された」と言う記事が出たりすると心が動揺し、不安な気持ちを駆り立てられたことも事実です。
やはり、神はいないのだろうか?
未知なる分野の新たな発見 = 神がいないことへの証明ではない。
神の存在は科学的に証明されるものではない。
聖書の世界はおとぎ話ではなく、人それぞれが見聞するのではなく、感じるものである。
科学者でも神を信じる人、特に物理分野では多くいます。
そのうちの一人、科学者でキリスト者でもあるケンブリッジ大学クイーンズカレッジ元総長のジョン・ポーキングホーン氏は、「もし、神が存在するなら、如何に私たちを超越した存在であっても、神は何らかの方法でそれを知らせるはずだ。
その方法は二種類あると考えられる。
一、 歴史のある一点で一人の人間に掲示され、そこで神の目的が明らかになった。
二、 神は自分が創造したこの世界を通じて己を現わす。
つまり、旧約聖書は、ユダヤ人が、ギリシャ人やインド人のように想像して描いた神話の世界ではなく、人類を救うアプローチとしては納得できる方法だと科学者の視点で言っているのです。
ローマ人への手紙1章19、20
神について知りうることは、彼らの間で明らかです。神がかれらに明らかにされたのです。
神の目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は世界が創造された時から被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼等に弁解の余地はありません。
結論から言えば、「精神衛生の清涼剤としてイエスはんを信じたいなら、それはそれでええやん」ではなく、イエスは救い主神の子として受け入れ信じるか、当時のユダヤ教の祭司たちが言ったように❝史上最大のペテン師❞として退けるかどちらかなのです。
第一コリント 15章19
もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。
と書かれていますが、全くその通りだと思います。
ローマ帝国内で迫害されたクリスチャンは何故死ななければならなかったのか?
ローマ帝国の皇帝は多くは求めませんでしたが、ただ、一つ、「ローマ皇帝は神である」と宣言させることだけでした。「宗教は精神清涼剤でどれも一緒」と言うことであれば、その一瞬だけ宣言すれば充分死を逃れることができたのです。
しかし、偽ったことを口に出来ないクリスチャンたちは、それが出来なかったのです。
もし、イエスが救い主でないのであれば、多くの死ななくていい人たちを騙した、正に史上最大の大ペテン師と言うことになり、私たちクリスチャンは、そのような者を信じた愚かで哀れな者たちと言うことになるのです。
化石は、炭素の減少具合で何億年前のものとか言われますが、私たちが何億年の進化の過程を目にすることは出来ません。
歴史的視点に立てば、
一、 イエスの生前中、三度、このような人を知らないと拒んだ精神的弱者ペテロが、復活したイエスに出会った後は、最後、磔にされる時、「普通の磔ではなく、逆さ磔にしろ」と言う勇気ある態度にでることが出来たのか。
二、 最もクリスチャン迫害に熱心であったパウロが、復活したイエスと出会ったと確信してから、180度回心して最も異邦人伝道に貢献出来たのか。
米(最後、パウロは斬首刑にて殉教)
三、 それから、時代は下り、303年にキリスト教を禁じる勅令が出されますが、その10年後、313年にキリスト教は公認されます。
当時、ローマ帝国の人口の半分がキリスト信者だったと言われています。
何故、ここまで迫害されていたのにクリスチャンは増えていったのでしょうか?
当時は、ペストと言う今のコロナより遥かに強烈な疫病が流行し、多くの人たちが命を落としていきました。
感染者は町から追い出され、死者はゴミのように放置された状態でしたが、クリスチャンたちは感染の危険も顧みずに看病し、死者を手厚く埋葬しました。
その姿に感動し、新たに信者になる人が多かったと言われています。
そして、何よりも私が感じる究極のミラクルは392年、キリスト教が国教となったと言うことです。
確信を未だ持っていなかった私を含め、殆どの人が、ここをスルーしますが、未信者ならともかく、クリスチャンであるならその意味を理解し、受験勉強で「1192作りの鎌倉幕府」的にスルーする所ではありません。
先程の献身的な介護等でローマ皇帝も寛容になり「キリスト教を公認する」と言うことまでは分かります。
しかし、公認 ⇒ 国教 となった訳です。
ローマ帝国内の辺境なユダヤと言う地で罪人として処刑され、自分を神の子だと狂ったことを言うイエスと言う男の教えを信じ、それ以外の教えを禁じると言うことです。
つまり、自分は神の子と自ら言っていたローマ皇帝は実は神の子ではなく、イエスが本当の神の子であると宣言した訳です。
普通に考えれば帝国瓦解の危機であり矛盾です。
側近にしたら、「皇帝、気でも触れたか」と絶対に思ったはずです。
恐らく国教となる何代か前の皇帝連中もキリストの正当性に気付きつつ、それを認めれば帝国は何れ滅びてしまう」と分かっていたので、公認から国教となるまで80年近くかかったのでしょう。
実際、3年後の、395年にローマ帝国は、西と東に分かれますが、486年に西ローマ帝国はゲルマン人に消滅させられます。
これら三点は、それぞれ単独だけで見ると歴史的エピソードですが、この三つの点をつなぎ合わせ線にすると、そこに神の明らかな人類救済のための大計画が私にとって見えてきました。
勿論、それで終わりではなく、それ以後、またこれからと神の計画のステップを踏んで終末へと向かっていきますが、・・・・・・。
母が亡くなったその時は大変心が折れた状態で気持ちも荒れていましたが、もし、幼少期に母の死がなければ、今でもイエスを受け入れていたかどうか、多分、頑な特に男性未信者の方同様に難しいと思います。
表現的には少し誤解を招きかねないかもしれませんが、敢えて言います。
この時期に母を亡くしたため、人は死んだらどうなるのか、人生に意味があるのか、トコトン真剣に考えたことでイエスを受け入れることができました。
多くの人はそこまで真剣に考える事はなく、「宗教は精神の清涼剤、自分に合っていればそれでいい」=「宗教何てどれも一緒、イエスであろうが釈迦であろうが、それぞれ良いこと言うてるんやから、それぞれ好きなん信じたら良い」と思うのでしょう。
そして先に述べた通り、結論として人はイエスを神の子として受け入れるか、天才的ペテン師として退けるかどちらかであり、神は証明されるものではなく各自それぞれが感じるものだと思います。
また、同様、先ほど歴史的視点で見た限り、これは歴史の偶然の結果ではなく、明らかに神のご計画によって動いていると私は個人的に感じ確信したのです。
このことについて神を感じるかどうかは人それぞれだと思います。
「無智なる言葉を以て、神のはかりごとを暗くするお前は、何者か」と超越した神の絶対的支配力を前にして、自分に振りかかる災いに憤慨していたヨブが「あなたには全てのことができること、どのような計画も不可能でないことを、私は知りました。私はただ、恥じ入るばかりです。塵と灰の中で」とシャッポを脱いだように、私も絶対的全能者に身を委ねるばかりです。